輝く人

 

 

スポットライトを浴びるあの人は。

いつも大勢の人に囲まれて。

 

1つだけじゃない才能があって。

なんでも持っているの。

 

だからいつも笑っているの。

だから理解されないの。

だからいつも心は悲しいの。

 

どれだけその気持ちを表現しても輝いてしまう。

 

輝く人よ・・・今どんな気持ちですか?

 

世界は明るいですか?それとも暗闇ですか?

 

今もあなたは輝く人。ずっと輝いている人。

変わらない・・・あなたの心も悲しいまま。

 

 


心惹かれる時

 

 

人でも物でも何かを好きになる時は自分の中で何が起きているのだろう・・・。

 

 

身の回りには人も物も溢れていて、「美しい」「素敵」「可愛い」「かっこいい」思う事はたくさんある。

その中でも心にずっと残る”もの”はなかなか無い。

 

小さい時に憧れたヒーローは、きっとなによりも輝いて見えたのだろう。だから今でも好きなんだ。

 

顔と名前しか知らないあの人の真っ直ぐな眼差しを忘れる事ができなくて、もう会えないのに好きなんだ。

 

 

理屈でもなく、どれだけ好きかを語れる量でもなく

 

どうして自分の心は”それ”を選んだのか。

 

 


あの日のカラス。

 

 

朝起きた時にふと思い出した。数年前に見たカラスを。

 

 

その日は雨。今日と同じ冷たい雨が降っていた。

私は暖かい部屋から電線に佇む一羽のカラスを見つけた。

 

私もカラスを探していたのだ。

 

そのカラスは小さく見えた。

子供なのか、遠くて小さく見えるだけなのか、わからない。

 

しかしそのカラスが寒さに震えているのがわかる。

 

そして寒さに耐えて待っている。

 

「ここで待ってて」を信じて待っているのか。

迷子になって「きっと仲間が見つけてくれる」不安で待っているのか。

 

その姿は孤独で寂しく今にも力尽きて落ちそうなんだ・・・。

 

 

しばらくすると、何羽もカラスがやってきた。

同じ電線に同じように佇む。寄り添うわけでもなく。

 

 

あのカラスの姿は堂々と凛として使命感があるように見えた。

 

 

私は安心してその後のカラスの様子は知らない。

 

 


冷ややかな自分

 

 

例えば職場で、学校で元気のない人がいたら声をかけましょう。

そんな呼びかけがよくある。

 

 

自分も辛い思いをすると人の気持ちとか今まで見えなかったものが見えてきたり、

人に優しくしようって思ったりする。それまでの反省や後悔も含めて…

 

 

でもいざ、元気のない人が目の前にいる時声をかけない自分がいる。

 

声をかけていいのか、そっとしておいた方がいいんじゃないか…

そんな思いばかりじゃない。

 

 

もっと冷ややかな自分。

 

誰も助けてくれなかった。

 

自業自得だ。

 

自分でどうにかしろ。

 

 

未熟かな。でもそんな人多いでしょ。

きれい事ばかりだよ。

 

誰からも好かれる人なんていないし、誰も傷つけた事ないって人もいない。

好かれてるのを嫉む人、言った方は覚えてなくても言われた方は覚えてる。

 

 

”楽しいから笑うんじゃない、笑うから楽しいんだ”

 

辛くても笑った方がいいの?

 

偽善でも人に優しくしたら自分の悲しいは消えるの?

 

 

 


タイミング

 

 

うまく言えないけど、なんでもタイミングってあると思う。

転機とかターニングポイントって言った方がわかりやすいかな?

 

 

いくら子供の頃に「勉強しないと大人になってから後悔するよ」

なんて言われてもピンとこないし

大人になってから実感する出来事があって、それから勉強する人も多い。

 

それでいいと思う。

一概には言えないけど、後悔って結構前向きな言葉だと最近思う。

 

 

 

辛くて悩んでいる時に抜け出すきっかけをいくら探しても

まだ”そういうタイミング”じゃなかったら全てがきれい事に聞こえる。

 

 

もし抜け出した時にはすっごく遠回りしたように感じるかもしれない。

 

もっと早くこうしておけば良かったとか、

 

過去の自分にアドバイスしたいなんて思うかもしれない。

 

でもそんな事が出来たとしてもその時の自分はまだ前向きにはなれないんだ。

 

 

泣いてる時間も無理して笑ってる時間も必死に出口を探してる時間も何かにすがってる時間も…

 

全部が必要な時間で近道なんてないと思う。

 

 

希望と絶望の繰り返しで、何日も何か月も何年も何十年もかかるかもしれない…

 

 

けど心の傷が少しでも癒えて心に受け入れる容量ができた時に初めて前進できる。

 

それが”そういうタイミング”

 

一歩じゃなくても、半歩でいいよね。

 

次のタイミングが来るまでたくさん泣いて、たまに笑って、心の傷を癒す。

 

 


人の幸せと自分の幸せ

 

 

人の”可哀想”な所を見つけては自分は恵まれている、幸せなんだと考えるのは好きじゃない。

 

 

もちろん戦争や貧困いじめや虐待病気など…書き出したらキリがないくらい

 

世の中にはまだまだ問題があって、苦しんでる人がたくさんいる。

 

 

でもそういう人達を可哀想とか不幸だと決めつけて、

 

自分は恵まれてて幸せ、自分の悩みなんて小さい

 

と考えるのは”そういう人達”にも失礼で、自分自身のことも大事にしてないと思う。

 

 

きっと”そういう人達”にも安らぎや、優しさや、温かさや、楽しい嬉しい、幸せを感じる時間が、

 

たとえ一瞬でもあるはず・・・あってほしい。

 

 

また逆にお金がある、家族がいる、友達がいる、地位や名誉があっても

 

人には言えない悩みがあったり、理解されない苦しみがあるかもしれない。

 

 

自分の悩みも他人から見ればちっぽけでも、自分の中では大きな問題で。

 

 

自分の幸せや不幸を他人に勝手に想像されるのは一番悲しいかもしれない・・・。

 

 

 

 

 

書いてる途中で思い出しました。

 

乳がんで34歳で亡くなった小林麻央さんの言葉を。

一部だけ抜粋しました。

 

 

私が今死んだら、

人はどう思うでしょうか。

「まだ34歳の若さで、可哀想に」

「小さな子供を残して、可哀想に」

でしょうか??

私は、そんなふうには思われたくありません。

なぜなら、病気になったことが

私の人生を代表する出来事ではないからです。

私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、

愛する人に出会い、

2人の宝物を授かり、家族に愛され、

愛した、色どり豊かな人生だからです。

 

 

 

もう言葉がありません。

 

 

 


 

 

今日は一日雨だった。

 

雨は好き。

 

晴れの日とは違う、いつもと違う雰囲気が。

 

空が暗くて、休み時間に教室や廊下に人が溢れてる。

 

木の床は滑りにくくなって、いい匂いとは言えない木の香り。

 

高い所から見る校庭は大きな水たまり。

 

遠くからでも水たまりに叩きつける雨粒の大きさがわかる。

 

きっとどこかでアメンボが雨宿りして、小さい子供が長靴を履いて笑ってる。

 

 

 


 

小さい頃は何かと夢があったな。

 

いつからなくなったんだろう…

 

今では他人の夢までも否定的。

 

 

夢がある事が羨ましいのかもしれない。

 

子供の純粋な目が懐かしいのかもしれない。

 

 

現実的なのもなんだか寂しいし

 

非現実的なのは鼻で笑われて…

 

 

でも、一番悲しいのは夢が無い事だ。

 

 

毎日同じ事の繰り返し、ただ歳をとって死んでいくだけ。

 

それでいいって思っている自分が一番悲しい。

 

 

 


見え方

 

口を開けば「欲しい」

 

見るもの聞くもの触れるもの…

 

またそれに同調する友人。

 

 

この2人の価値観は同じなのか?

 

それとも合わせているだけ?

 

 

不思議だけど、2人から見れば不思議に思ってただ見てる私が

 

よっぽど不思議に映るのかな?

 

 

 


 

悲しくて、悲しくて、まさにどん底。

 

誰も居ないのに声を殺して、肩を震わせながら泣いた。

 

 

力がふと抜けて、腫れた重いまぶたが閉じていく…

 

薄れていく意識の中で、

 

こんなに苦しいのなら感情なんてなくなってしまえばいいのに

 

楽しいもいらないから悲しいもなくなって。

 

そう願っている自分にまた悲しくなる。

 

 

 

 



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